つくる
2026.05.29

食べて、想像して、ラインまで作った。

——50年以上、開発一筋の石澤さんが語る「引き出し」とチャレンジ精神

八千代工場 商品価値創造部 ラボグループ 石澤さんと石井食品80周年ロゴ
八千代工場 商品価値創造部 ラボグループ 石澤さんと石井食品80周年ロゴ

六本木の高級中華で食事をしていると、当時の社長からひと言。「これ、石井食品でも作れるか?」——食べ終わる前に、次の商品の課題が始まっていました。
石澤さんは1972年に入社して以来、50年以上にわたって石井食品の商品開発に携わってきました。ミートボール、ハンバーグ、パスタソース、ごぼうサラダ——数々のロングセラーの開発に関わり、ある時はゼロから製造ラインまで組み上げた。そのキャリアは、石井食品の製品の歴史そのものです。
今回は、現在は開発担当者の育成と技術伝承に取り組む石澤さんに、商品開発の秘話と、石井食品の「開発の哲学」を語っていただきました。

司会・編集:オウンドメディア編集部(ESG推進チーム:仲山/顧客体験デザイン部:坂本)

目次

  • 自己紹介と現在の役割
  •  社長と出かけた六本木が「新商品のヒント」だった時代
  •  開発はレシピではない。工場ラインまで設計した、挑戦の記録
  • 「引き出し」の広さが次世代に残す石井の誇り

自己紹介と現在の役割

坂本: 50年以上、一貫して商品開発に携わってこられたそうですね。

石澤: はい。長く働くうえで最も大切にしているのは「楽しむこと」です。自分が楽しまなければ、良い商品は生まれません。

坂本: 会心の商品と、記憶に残るエピソードを教えてください。

石澤: 手応えがあったのは「ごぼうサラダ」の製造ライン構築です。逆に一番記憶に刻まれているのは、45年ほど前に開発した「ボンゴレソース(現在は終売)」ですね。あの開発の苦労は今も忘れられません。

坂本: 現在はどのような役割を担っていますか?

石澤: 長年の経験を活かし、若手に開発のノウハウを伝えています。後輩たちにも「開発の楽しさ」を知ってもらい、石井の味をつないでいきたいですね。

社長と出かけた六本木が「新商品のヒント」だった時代

仲山: 石澤さんは長年、石井食品の開発を支えてこられましたが、商品のアイデアはどのように生まれていたのでしょうか?

石澤: きっかけはいろいろです。商品アイデアは、当時の社長(石井健太郎氏)が連れて行ってくれた「食べ歩き」から生まれることが多かった。六本木の高級中華に行き、「これ美味いな。石井食品でも作れるか?」と、その場で作ることを命じられるんです。

坂本: 「美味しいものを食べたら、石井食品でも作る」という、プレッシャー混じりの食事会ですね。他にも記憶に残っているエピソードはありますか?

石澤: はい。病気にならないための「予防食」開発のヒントを探すために、精進料理を学びに行ったこともありました。常に「外の美味しいもの、新しい食の知恵」を学び、「石井食品でも実現できるか」を考えるのが、開発者の使命でした。

仲山: 石澤さんが初めてメインで担当された商品も、そうした経緯から生まれたと伺っています。

石澤: はい。初めてメインで担当した商品はパスタソースでした。自ら船橋の市場にあるアサリ屋さんまで行って、ボンゴレソースを作ったのが最初です。アサリの身を剥くところから始めて、ひたすら料理本とにらめっこですよ。その頃はパソコンもネットもない時代ですから。でも、そうやって「自分の好みに合うかどうか」を追求し、その味が通じるかどうかを試すのが、開発の醍醐味でした。

エピソードを語る石澤さん
エピソードを語る石澤さん

開発はレシピではない。工場ラインまで設計した、挑戦の記録

坂本: 石澤さんの開発の凄さは、レシピだけでなく、製造ラインそのものまで作られた点にあると伺っています。最も印象に残っているエピソードは何でしょうか?

石澤: ごぼうサラダの開発です。あれは、通常の製造方法だと手間がかかりすぎて効率が悪い。そこで、「ごぼうを洗うところから、ボイル、脱水、ソース充填まで、すべてを一つのラインで連続してやろう」と考えました。

坂本: ごぼうサラダを、ベルトコンベアに乗せて作るイメージでしょうか?

石澤: そんな設備はどこにも売っていません。そこで、工場にいた機械に強い技術者と組んで、二人三脚でラインを構築しました。「このタイミングでコンベアが動き出す」「ボイルが終わったら蓋が開いて、次の工程に進む」という感じで、機械の流れをすべてコントロールする仕組みです。

仲山: 自らラインを構築するというのは、すごい話ですね。

石澤: ただ、流れはできたものの、次は脱水したごぼうにソースを入れる時に、ソースがうまく混ざらないという問題も起きました。そこで、ソースの粘度を調整し、ソースを出す箇所を2つ作ってもらい、上と下からソースで具材を挟み込むようにした。そうすれば、全体に均一に混ざるようになりました。ラインを構築し、そこで生まれる課題を改めて検証しての繰り返しでした。

仲山: 開発者が、機械の仕様まで決めていくこともあるのですね。

石澤: 食品加工メーカーは、「この機械で、どうすれば美味しく、かつ効率的に作れるか」という想像力がなければ、新商品は生まれません。昔は、社長が先に設備を買ってきて、「これで何か作れ」ということもありました。開発と製造技術者が一体となって、「まず作ってみる、なんとかする」というチャレンジ精神が旺盛な時代だったんです。

「引き出し」の広さが次世代に残す石井の誇り

坂本: そうした試行錯誤を重ねてきた時代を経て、現在の石井食品に引き継がれる強みは何だと思いますか?

石澤: いろいろなジャンルの商品を手がけたことです。私たちは、ミートボールだけでなく、中華ソース、ボンゴレ、ごぼうサラダ、炊き込みご飯など、さまざまなものを作ってきました。その経験が、今の「素材本来の美味しさを生かし、美味しい商品を開発する」という、無添加調理※ 実現の引き出しの多さになっています。

坂本: 多くのベテラン社員の方々が、商品開発は見ているだけでなく、自分でやり、引き出しを自分なりに増やすことが重要だと言われるのは、そういうことなんですね。

石澤: まさにその通りです。どんなに美味しいものを食べても、どんなに良い情報があっても、自分で包丁を握り、自分の頭で「この機械で作れるか」を想像し、失敗を経験しないと、自分なりの技術(=引き出し)にはならないですね。

仲山: 石井食品の成長を牽引してきたこの「開発の精神」こそが、次世代に受け継ぐべき誇りですね。

石澤: はい。この幅広い経験と、「なんとかする」という情熱こそが、石井食品の強さであるチャレンジ精神です。この技術と情熱を次世代が受け継ぎ、また新しい挑戦をしていくことを願っています。

講義をする石澤さん
講義をする石澤さん

【編集後記】 「自分の好みに合わないものが売れたことはない」——石澤さんがさらっと言ったこの言葉が、ずっと頭に残っています。食べ歩いた経験、試作の失敗、ラインを一から組んだ記憶。それらが積み重なって初めて「自分の舌」に根拠が生まれる。石井食品の商品開発が半世紀かけて育んできたものは、レシピでも設備でもなく、その「引き出し」の量と確かさなのだと思いました。

※当社での製造過程においては食品添加物を使用しておりません。