つくる
2026.05.29

食品添加物を抜いたのではなく、素材を磨いた。

——1997年、石井食品「無添加調理※」誕生の舞台裏

開発ラボの住谷さん
開発ラボの住谷さん

「無添加」という言葉は今や食品の世界に溢れています。しかし石井食品の「無添加調理※ 」は、単に食品添加物を使わないという消極的な選択ではありません。食品添加物が担っていた役割、すなわち畜肉の臭みのマスキング、旨味の補強、物性の安定を、素材そのものの力で置き換えるという、根本からの挑戦として始まりました。
1997年、当時の社長・石井健太郎氏の号令のもと、わずか4ヶ月で主力チルド惣菜を全面切り替え。「価格は据え置き、味も仕様も落とすな」という厳しい条件のもと、開発チームが取り組んだのは、原材料の根本的な見直しでした。
その技術と哲学を今も体現する開発ラボの住谷さんに、無添加調理※ 誕生の舞台裏を語っていただきました。
司会・編集:オウンドメディア編集部(ESG推進チーム:仲山・岸/顧客体験デザイン部:坂本)

目次

  • 自己紹介と現在の役割
  • ミートボールのソースは、中華料理から生まれた
  • 1997年、4ヶ月の「無添加調理」全面切り替え
  • 「食品添加物を抜く」のではなく「素材を磨く」——二大原料革命
  •  素材を磨くためには、メーカーとの「共創」が必要だった
  • 「無添加調理」の哲学を、次世代へ

自己紹介と現在の役割

仲山: まずは住谷さんのキャリアを教えていただけますか。

住谷: 1978年に入社して、最初は技術部での開発に携わりました。その後、品質管理部のマネージャー、八千代チルド工場のラインマネージャーを経て、農産物戦略部、原材料戦略部の執行役員を務めました。2014年に定年を迎えてからは、顧問として素材価値の担当を続け、2023年に八千代工場の開発ラボへ異動しました。今の仕事は一言で言えば「技術と知識の伝承」です。

仲山: 開発ラボでは、具体的にどのような活動をされているのですか。

住谷: 昨年から新しいメンバーが2人入ってきました。石井食品でのキャリアも浅く、開発の業務も昨年の4月から始まったばかりです。そこで、残留農薬の管理基準、無添加調理※ の歴史と哲学、素材ごとの製法など、積み上げてきた知識を順を追って伝えていく活動を始めています。品質管理のメンバーにも展開していて、朝会※1 で発表してもらう形で、少しずつ広げているところです。

※1 週に一回の全社朝礼

 

ミートボールのソースは、中華料理から生まれた

坂本: 石井食品のミートボールといえばトマトソースですが、あのソースの原点はどこにあるのですか。

住谷: 実は中華です。石井トヨ子さん(石井食品元会長)らが恵比寿中国料理学院で中華の調理を学んだことが原点になっています。当時習得したノウハウが、ミートボールのトマトソース開発に生かされているんです。

坂本: 中華とトマトソース。意外な組み合わせですね。

住谷: 最初はトマトケチャップを仕入れて使っていたんですよ。ただ、コストが高い上に、風味の調整に限界がある。それなら、ケチャップを構成要素に分解して、トマトペーストと香辛料から自分たちで作ろうということになりました。石井食品オリジナルのトマトケチャップです。「買う」から「作る」への転換。実はこの発想自体が、後の無添加調理※ の原型になっていると思います。

1997年、4ヶ月の「無添加調理※」全面切り替え

仲山: 1997年の無添加調理※ への切り替えは、どのような経緯で始まったのですか。

住谷: 1997年3月に、健太郎さんから「7月に無添加調理※ に切り替える」という指示がありました。3月に言われて、7月に実施。わずか4ヶ月です。最初の対象はチルド惣菜の主力で、ハンバーグ類、肉団子類、ストロガノフ類です。そして条件は明確でした。「価格は据え置け。仕様も味も維持しなくてはならない」と。

仲山: 食品添加物を全部ゼロにして、しかも味を落とさない。現場の反応はどうでしたか。

住谷: 工場からは強い反発がありました。通常は配合を変える際にテーブルテストを繰り返してから実装に進むものですが、そんな時間はない。現場でロットテストを行い、即実装という判断でした。ただ、3年前から素材や調味料の基礎研究はすでに進めていましたから、「できる」という確信がチームの中にあったのだと思います。健太郎さんの踏み切りには、そのベースがあったはずです。

住谷さんと当時の社長の健太郎さん
住谷さんと当時の社長の健太郎さん

「食品添加物を抜く」のではなく「素材を磨く」——二大原料革命

坂本: 味と仕様を維持したまま食品添加物をゼロにするとなると、代わりに何かが必要になりますよね。

住谷: そうです。食品添加物を「抜く」のではなく、食品添加物が担っていた役割を素材で「取り返す」という設計です。そのために取り組んだのが「二大原料革命」です。

一つ目は、チキンミンチの改善です。当時の鶏肉は、どうしても畜肉臭が強かった。臭みをマスキングするために食品添加物を使っていたわけですが、私たちが選んだのは「臭みの原因を断つ」という方向でした。徹底的な血抜きです。血を抜くということは、その分の肉(およそ7%)を実質的に捨てることを意味します。コスト的には相当な負担です。それでもやったのは、食品添加物なしで美味しい素材を作るためには、そこまでやらなければならないという判断でした。

二つ目は、トマトペーストの規格変更です。それまで使っていたトマトペーストは高温で濃縮されていました。高温濃縮はトマトの中の酵素が失活して安定はするのですが、色が黒っぽくなり風味も落ちてしまう。そこで、風味がしっかり残る低温濃縮のトマトペーストに規格を切り替えました。低温濃縮は酵素が生きているため粘度が緩みやすいという新しい課題が生じましたが、メーカーさんと一緒にひとつひとつ解決していきました。素材の美味しさで絶対に妥協しないという、開発チームの強い意思の表れです。

開発チームの皆さん
開発チームの皆さん

素材を磨くためには、メーカーとの「共創」が必要だった

坂本: チキンミンチも、トマトペーストも、自社だけでは実現できなかった話ですよね。

住谷: まったくそうです。長年の付き合いがあった鶏肉メーカーさんや調味料メーカーさんにとっても、食品添加物を抜くというのは簡単なことではありませんでした。醤油、ウスターソース、トマト、畜肉ミンチ、それぞれのメーカーさんと一緒に無添加の規格を作り替えていきました。「価格の話だけなら続かない。技術の合意があるから続く」。これが、当時の原材料との付き合い方の原則でした。

坂本: その関係が、今も続いているのですか。

住谷: チキンミンチのメーカーさんとは、今も一緒に開発したという自負を共有しています。「石井食品のために作った」という誇りが、先方にもある。価格だけの取引ではなく、哲学を共有する関係だからこそ、今の石井食品の味が成り立っているんです。当時、開発した無添加素材の中には、商品ラインアップの変化で使わなくなったものもありますが、「無添加のチキンブイヨン・ビーフブイヨン」などは、新しい商品開発に改めてつなげていきたいと思っています。

「無添加調理※」の哲学を、次世代へ

仲山: 住谷さんが今、伝承に力を入れているのも、この哲学を絶やさないためですか。

住谷: そうです。「食品添加物に頼らない分、原材料に妥協しない」。この哲学が、石井食品の揺るぎないプライドになっています。ただ、これは一朝一夕に身につくものではありません。素材の特性を知り、製法の意味を知り、なぜそうするのかという背景まで理解して初めて、現場で判断ができるようになる。だから今、開発ラボで丁寧に伝えているんです。

仲山: この無添加調理※ の取り組みが、石井食品に最も残したものは何でしょうか。

住谷: 自信だと思います。工場を見学に来たお客様に、製造ラインをオープンにして見ていただくという文化も、その自信から生まれています。石井食品は1997年以前から、工場見学に力を入れていました。石井トヨ子さんが工場で料理教室を開き、お客様に来ていただいて、製造ラインを見てもらいながら「石井はこうやって作っています」と伝えてきた。それは「見せられる作り方をしている」という誇りがあったからです。この「苦労と自信」を、今の若い世代にも必ず伝えていきたいと思っています。

講義を行う住谷さん
講義を行う住谷さん

【編集後記】 「食品添加物を抜く」という選択が、いかに積極的な挑戦だったか。住谷さんの話を聞いてはじめて、その意味が腑に落ちました。7%の肉を捨てる決断、メーカーと一緒に規格を作り直す粘り強さ、4ヶ月で全面切り替えを成し遂げた現場のプレッシャー。それらすべてが、「美味しいものを安心して届けたい」という一点に向かっていました。石井食品の無添加は、言葉ではなく、仕事の積み重ねで作られてきたものです。

※石井食品での製造過程においては食品添加物を使用しておりません。