板前が工場開発に来て、気づいたこと。
——「誰でも、いつでも、同じ味」を作る技術と、その継承
厨房と工場は、どこが違うのか。同じ「料理」を扱いながら、その論理はまったく異なります。板前であれば、職人技で帳尻を合わせられる。しかし工場では、「誰でも、いつでも、何度でも」同じ味に仕上げなければなりません。
2019年に石井食品へ入社し、製造現場で4年間を過ごした後、2024年から開発ラボに移った川端さん。板前としてのキャリアを持ちながら、工場の開発という全く異なるフィールドに立った川端さんに、石井食品の開発の特徴と、その難しさを語っていただきました。
司会・編集:オウンドメディア編集部(ESG推進チーム:仲山・岸/顧客体験デザイン部:坂本)
目次
- 自己紹介と現在の役割
- 板前と工場開発——何が違うのか
- 「誰でも作れる」に翻訳する
- 原材料が変わっても、味は変えない
- レジェンドから学び、次へつなぐ
自己紹介と現在の役割
仲山: まず、これまでの経歴を教えてください。
川端: 石井食品への入社は2019年です。もともと板前として働いていました。入社後は製造現場に4年間いて、2024年から開発ラボに移りました。開発の業務としては2年目になります。
坂本: 開発ラボでは、どのような仕事をしているのですか。
川端: 主に二つあります。一つは、青木さんや石澤さん、住谷さんといったレジェンドと呼ばれるベテランの知識と経験を、チームで再現できる形に落とし込んでいく仕事。もう一つは、原材料が変わったときに従来の味を守るための配合変更や工程変更です。完全に新しい商品を一から開発することはまだ少なく、現在取り組んでいる照焼ミートボールがその一例です。あとは、アップルペーストの産地変更への対応など、「変えないための開発」が多い状況です。
板前と工場開発——何が違うのか
矢野: 板前のキャリアを持って工場の開発に来ると、どんなことが一番違いますか。
川端: 一番大きいのは、「自分が作る前提かどうか」です。厨房での料理は自分が作ることを前提にしているので、極端に言えば職人技で帳尻を合わせられます。でも工場は、誰でも、いつでも、何度でも、同じ味に仕上げなければなりません。自分が美味しいと思う作り方をそのまま現場に落としても、まず再現できない。だから、職人の技術を「誰でもできる工程条件」に翻訳することが、開発の仕事の本質だと感じています。
坂本: 板前時代には考えなかったこともありますよね。
川端: そうですね。袋詰めして殺菌する、という工程が加わるだけで、考えることがまるで変わります。厨房なら作って、そのまま出す。でも工場では充填・密封・殺菌が必ず入るので、その後の経時変化——色、香り、粘度、食感——まですべて設計に組み込まなければなりません。この部分は現場に入ってから得た知識です。
「誰でも作れる」に翻訳する
矢野: 具体的にはどんな場面でその難しさを実感しましたか。
川端: 照焼ミートボールの開発で、焦がし醤油の香りを出したい案件がありました。厨房なら醤油を一度沸かして香りを立てれば済みます。ただ、それを製造ラインで同じようにやろうとしても、現場のメンバーには再現の負荷が高すぎて難しい。そこで手順を一から組み替えて、設備の制約の中で香りを最大限に引き出せる加熱のタイミングや保持時間を探っていきました。「美味しい作り方」を「誰でもできる作り方」に近づけていくのが、開発の腕の見せ所だと思っています。
仲山: 機械との相性も重要ですか。
川端: 非常に重要です。例えばソースの粘度が充填機を安定して通る範囲に収まっているかどうか、ちょっとしたことで液垂れが起きて不良になってしまうことがある。具材のサイズを大きくすれば素材感が増して美味しくなりますが、機械の中で詰まるリスクも跳ね上がる。そういうせめぎ合いを、設備の特性を踏まえながら判断していくんです。この感覚は、製造現場の4年間で体に染み込んだものだと思います。
原材料が変わっても、味を守る
坂本: 原材料が変わることへの対応も、開発の重要な仕事なのですね。
川端: そうです。例えばアップルペーストは、産地が変わると酸と糖のバランスがずれますし、粘度も香りも変わります。でも石井食品では、「原材料が変わったから味も変わりました」とはなりません。分析値と実際に食べた感覚の両方から差分を捉えて、配合や加熱条件、投入順序まで調整しながら、元の味に合わせ込んでいきます。
矢野: 「変えないために開発する」という感覚ですね。
川端: まさにそうです。石井食品の商品に触れてきたお客様が、ずっと同じ味で食べ続けられることが前提にあります。そのためにどれだけの調整をしているかは、外からは見えない部分ですが、そこが石井食品の開発の一つの誠実さだと思っています。
レジェンドから学び、次へつなぐ
仲山: 開発ラボに来て、レジェンドから学ぶ中で印象に残っていることはありますか。
川端: 試作を重ねてレジェンドに見てもらうと、「この味の傾向なら、ここをこうすればいい」という次の一手が、すぐに出てきます。それが長年の経験から来る条件反射のようなもので、知識というより体に刻まれた感覚です。自分が同じ判断ができるようになるには、まだずいぶん時間がかかると感じています。
矢野: 最終的な「これでいける」という判断は、どのように下されるのですか。
川端: 個人の舌ではなく、チームの合意です。試作して試食して微調整する。このサイクルを何度も繰り返して、全員が「これなら大丈夫」というところまで持っていき、最終的にレジェンドや上長に判断をいただきます。その際、1案だけを出すと「もっとこうしてほしい」という意見が出やすいので、方向性の異なる複数案を用意して「このあたりの味が好みですか」と確認しながら進めます。開発は個人技ではなく、チームで積み上げるものだということを、この仕事を通じて実感しています。
【編集後記】 「誰でも、いつでも」という言葉は、実は相当な技術的負荷を含んでいます。板前であれば許される「その日の感覚」も、工場では通用しない。川端さんが製造現場で4年間を過ごした後に開発に来たのは、だからこそ意味があることだと感じました。作る現場を知っているから、設計できる。レジェンドの経験を引き継ぐことと、現場の論理を理解することの両輪が、石井食品の味を守っています。