創業80年の食品工場が、自分たちでアプリをつくる
(第4回 日本ノーコード大賞 優秀賞)紙の山とAIのあいだで。現場発のアジャイルな品質づくり
毎日食べているミートボールの変わらない味。その「いつも通り」を支えているのは、工場の中で毎日くり返される、地味な検査と記録です。その記録の紙を、自分たちの手で減らしてきた人たちがいます。
その取り組みが、先日ひとつの賞を受けました。けれど始まりは、表彰台からいちばん遠い場所にあります。紙です。
目次
- 「紙に埋もれていましたからね」
- 「当時はAIもなかったので、自分で勉強したんです」
- 「次の日には、もう直っているんです」
- 「小さな失敗を積み重ね学び続ける」
- 「楽になったわね」
- 「失敗した話のほうを、持ち寄るんです」
- 現場の人が、全国の舞台に立った
- まとめ
「紙に埋もれていましたからね」
品質を守る仕事は、毎日の検査と記録の積み重ねでできています。そして記録は、紙でした。
八千代工場 品質保障部の中井陽介さんは、各工場の品質管理の仕組みづくりを担当しています。工場では毎日、できあがった製品を食べて確かめ、糖度やpHを測り、菌の数を調べ、その結果を記録していく。派手さのない作業のくり返しが、いつものおいしさを支えています。
その記録が、長らく紙でした。

中井さん:「紙に埋もれていましたからね。部屋中ファイルだらけで」
保管期限が切れた帳票は、パートの方がシュレッダーにかけていく。パンパンになった紙を、ゴミ袋に突っ込んでいく。そんな光景が日常でした。
現場では、フォーマットを何枚か印刷してバインダーに挟み、上から順に使っていく。規格の数値が少し変われば、その紙も全部差し替える。「バインダーどこ行った」「紙が切れた、印刷しに戻らなきゃ」——そういう手間が、あちこちで積み上がっていました。
3つの工場で、紙の帳票は100種類以上、年間1万枚以上にのぼります。

紙の帳票が山積みの様子のイメージ
「当時はAIもなかったので、自分で勉強したんです」
始まりは、一枚の検査表でした。発起人は、唐津工場の関口さんです。
この取り組みを最初に始めたのは、唐津工場 品質保障部の関口匠太郎さんです。きっかけは、関口さんが自分で担当していたアレルギー検査でした。
検査結果を一件ずつ手で書き込み、ロット番号を書き、終わると合格証明書を発行する。コピー&ペーストも効かないその手作業を、関口さんは自動化したいと考えました。ただ、当時はまだ生成AIもありません。

関口さん:「当時はAIもなかったので、自分でプログラミングを勉強したんです」
検査データを入れると、合格証明書が自動でできあがる。その小さな成功をきっかけに、官能検査、物性検査へと電子化を広げていきました。
外に頼む道もありました。ただ、費用がかかる。
「自分たちが普段から使っているGoogle環境の中で、何かできないか」
行きついたのが、プログラムを書かずにアプリをつくれるツール(Google AppSheet)でした。表計算の延長で、自分たちで組み立てられる。やがて関口さんが講師役の勉強会を開き、今では各工場で複数のメンバーが自分でアプリをつくれるまでになっています。
「次の日には、もう直っているんです」
現場の声でアプリは改善され、自分たちでつくっているから直すのも速いのです。
現場に渡せば、当然、注文が返ってきます。
入力する文字数が多い。文字が小さくて読みにくい。画面のボタンが英語のままで分からないから、日本語にしてほしい——。
そういった些細な声にもしっかりと耳を傾けて、中井さんたちはその場で直します。
「次の日には、もう直っているんです」
外に頼んでいたら、費用がかかるうえ、伝えて直してもらうまでに時間がかかる。自分たちでつくっているから、聞いたその日に手を入れられる。すると、現場の側も変わってきました。
「すぐ直してくれるなら、と思って、現場ももっとこうしたらいい、ああしたらいいと言ってきてくれるんです」
「小さな失敗を積み重ね学び続ける」
うまくいった話ばかりではない。今も保留のままのアプリがあります。
つくったものが全部使われているわけではありません。
たとえば、水道やガスの検針表。工場のなかを回って何十カ所ものメーターを点検し、紙に書いて持ち帰り、表計算に打ち込む。これもアプリにしてみたのですが、まだ現場で使われていません。
手で打ち込むのも面倒だからと、メーターを写真に撮って数値を読み取らせようともしました。数字が表示されるタイプなら読めることもある。けれど——
「アナログの針は、読んでくれなかった。そこは、ミスったなと」
石井食品には「小さい失敗をいっぱいする、そして学び続ける」という価値観があります。うまくいかなかったものを、うまくいかなかったまま話せること。そこにこの取り組みの体温があります。
「楽にはなったわね」
長く紙でやってきた人にとって、変化は歓迎ばかりではありません。当時70歳ほどのベテランの方は、「私がいるうちは、もう紙でいいよ」と言っていたそうです。
慣れた人なら、書き込む速さだけを取り出せば、アプリより紙のほうが速いこともあります。
だから中井さんが伝えたのは、入力の速さではありませんでした。紙は、書いて終わりではないのです。とっておく場所がいる、バインダーにとめて、棚に順番に並べる、保管期限を気にして、過ぎたものは廃棄する、社外秘のものは、なおさら気をつかう。その「書いたあとの手間」が、まるごとゼロになる——中井さんが伝えたのは、そちらのメリットでした。
実際に使ってみると、「楽にはなったわね」——その一言が返ってきました。
「絶対に紙じゃないと無理、という人はいないんです」
異物を見つけたときの報告も変わりました。以前は紙の報告書を書き、さらにメールも打つ二重の作業。今はアプリに入力するだけで、写真もその場で撮れます。
「紙がなくなるよ」と伝えると、現場は「やった」という反応だといいます。中井さんが道具をつくるときに考えているのは、ずっと同じことでした。
「早く、楽に入力してもらって、本来集中すべきところに時間を使ってほしいんです」
「失敗した話のほうを、持ち寄るんです」
八千代・京丹波・唐津の3つの工場が、失敗を共有しながら成長しています。
八千代・京丹波・唐津の3つの工場のメンバーは定期的に集まり、振り返りの場を持っています。そこで話すのは、成功自慢ではありません。
「失敗した話のほうを、持ち寄るんです。うちはここで失敗した、と共有すれば、ほかの工場が同じ失敗をしなくて済む」
一つアプリができれば「それちょうだい」ともらって、そのまま使う。そうやって、みんなの手が速くなっていきました。
広がりは社外にも届いています。ミートボールの主原料である鶏肉のミンチを仕入れている取引先では、以前は毎日の検査結果を表計算ファイルにしてメールで送ってくれ、石井食品側はその数値を一つひとつ書き写していました。営業日にして年間250回分です。
今は、先方に直接アプリへ入力してもらっています。書き写す作業はなくなり、同じ数値をその場で共有できる。「最近この数字が下がってきていますね、何か変わったことは」と、データを見ながら話せるようになったといいます。
現場の人が、全国の舞台に立った
2026年7月23日、3つの工場で積み上げてきたものが、全国の舞台で名前を呼ばれました。
2026年7月23日、東京で開かれた第4回 日本ノーコード大賞の表彰式で、品質保障部の取り組みが優秀賞に選ばれました。壇上で会社名が読み上げられる。審査員が口をそろえたのは、二人がITの専門家ではなく、日々現場で手を動かしている人たちだ、ということでした。全国から選ばれたファイナリストの中で、IT専門の部署ではない品質保障部が現場から進めてきたことが、評価されたかたちです。
関口さんは、ここまでの道のりをこう振り返ります。
関口さん: 「最初は本当に、細々とやっていたんです。去年、社内の勉強会で発表の枠が余っているからと声をかけてもらって。その機会がなかったら、この取り組みについて社内に発表もしていなかったと思います。」
中井さんが見ているのは、賞のその先です。
中井さん: 「小さな失敗をどんどんしながら、その日のうちに直していく。そうやって、これからも改善を続けていきたいです。」
まとめ
紙の帳票のうち電子化できたのは4分の1程度、枚数にして半分ほどで、道のりは半ばです。
それでも評価されたのは、鮮やかな成功例だからではないのだと思います。小さくつくって、現場に渡して、言われたことを次の日に直す。ときには没になる。石井食品が掲げる行動指針「小さい失敗をいっぱいする、そして学び続ける」——その言葉どおりに、恥ずかしがらずに続けてきたからでしょう。
道具は紙からアプリへ、これからも変わっていきます。けれど守りたいものは変わりません。お客さまが今日食べるものが、昨日と同じようにおいしくて、安心できること。その「いつも通り」は、こうして工場の奥で、静かに支えられています。