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2026.10.06

100年を超える木桶を未来へつなぐ、愛知・イチビキの味噌づくり

愛知県豊川市で味噌を醸造し続けるイチビキ株式会社。100年を超える木桶を使い続ける現場を訪ね、土地の味を未来へつなぐ人びとの仕事を伺いました。

味噌やたまりなど、東海の食卓を支えてきた発酵調味料。その味を、巨大な木桶で時間をかけて育てているのが、イチビキ株式会社の第1工場です。

同じ食品業界で切磋琢磨する間柄で、近年は部門ごとの交流を通じて、互いの知見や取り組みを共有してきました。

受け継がれてきた木桶と製法を、いまの食卓へどうつないでいるのか。桶を守る手仕事、味づくりの変化、地域との関わりからたどります。

目次

  • 大きいほど、ぶれない ── 丈三桶が支える天然醸造
  • 桶を守り、次へ渡す ── 人の手で受け継ぐ工程
  • 変えないものと、変えるもの ── 味噌づくりの工夫
  • 大豆の香りがする町で ── 続けることが、残すこと
  • まとめ ── 100年を超える木桶を次の世代へ

お話を伺った方


伴野 太紀(ばんの たいき)さん

イチビキ株式会社 生産本部 本部長
味噌づくりを軸に第1工場、第2工場を歩み、第1工場長を務めた。丈三桶を守る仕事と、現場で受け継いできたことを語ってくれた。

 


石原 康雄(いしはら やすお)さん
イチビキ株式会社 第1工場 工場長
第3工場、第2工場、資材調達など社内のさまざまな現場を経験。第1工場では、前任者が守ってきた木桶と味噌づくりを次の代へ受け継ぐ。

 


岩田 紫織(いわた しおり)さん

イチビキ株式会社 第1工場 生産技術課 係長
製麹室から丈三桶の蔵、充填の現場まで工場を案内。木桶や味噌づくりについて、現場の目線で説明してくれた。

 

大きいほど、ぶれない ── 丈三桶が支える天然醸造

蔵に入ると、見上げるほどの巨大な木桶が幾つも並んでいました。高さも直径も約3.9m。約100枚の杉の側板(がわいた)を組み、竹などの「たが」で締めた桶です。イチビキでは、この巨大な桶を「丈三桶(じょうさんおけ)」と呼びます。第1工場では38本が現役で、今回見学した蔵だけでも11本が並んでいました。

丈三桶が並ぶ蔵の様子

容量は約50t。木桶は1本ごとに大きさがわずかに異なり、実際の仕込み量にも差が出るそうです。

伴野さん:1本の杉の木で作れる大きさの限界が、だいたいこの大きさなんです。「丈三」という名前も、一丈三尺(いちじょうさんじゃく)という木の大きさの限界から来ています

一丈三尺は13尺。1尺を約30.3cmとして現在の長さに換算すると、約3.94mです。丈三桶の高さ約3.9mと、ほぼ重なります。

 

木は熱を伝えにくく、巨大な桶は外気の変化をゆっくり受け止めます。温度を人為的に管理せず、仕込んだ年と翌年、「二夏」を越えて味噌を熟成させる天然醸造です。
桶の内側の白い粒は、アミノ酸の一種であるチロシンの結晶。木桶は単なる容器ではなく、味噌の時間を支える大切なパートナーなのです。

丈三桶内部がアミノ酸の結晶により木が白くなっている様子

桶を守り、次へ渡す ── 人の手で受け継ぐ工程

丈三桶の仕事で難しいのは、仕込むこと以上に、桶を使える状態で守り続けることだといいます。新しい丈三桶を作れる職人は現在おらず、大きな修理も簡単ではありません。だからこそ、日々の小さな手入れと、使い方の積み重ねが欠かせません。

 

伴野さん:正直、この仕事を続けていると、「自分の代で潰すわけにはいかない」という使命のような気持ちがあるんです。

桶を空けたままにすると木が乾き、割れにつながります。そのため「空けたら早く次の仕込みを行う」。このサイクルを歴代の担当者が守ってきました。たがの緩みや桶の状態を見ながら、危険の兆しがあれば早めに修繕する。100年を超える木桶は、日々の判断に支えられています。

ステンレスのたがで補修された丈三桶。

出来上がった味噌は桶の下部から取り出しますが、最後に残った分は、人が桶の中へ入って掻き出します。腰から下が味噌に埋まることもある状態のなか、スコップで取り出し口まで味噌を寄せる作業です。1tの味噌を出すのに40分から50分ほど。取り出し口が一つのため、基本は一人で担います。

また、味噌の仕込みの際、木桶上部の味噌表面へ重石を並べる「石置き」も、人の手が残る工程です。機械に任せられるところは任せながら、木桶の形や味噌の状態に合わせて判断するところは人が担う。その境界を見極めながら、受け継いでいきます。

石原さん:100年前に、こういう想いを持った先輩が積み上げてきたものを、次の100年、また次へつなげていく。その使命感でやっています。

イチビキの前身である大津屋時代の商品ラベル商標や大正初期の工場写真の展示

変えないものと、変えるもの ──味噌づくりの工夫

木桶で二夏を越えた味噌と、温度をかけて短期間で仕上げる味噌。その違いを尋ねると、伴野さんは「熟成の深さ」と「好み」という、まっすぐな言葉で答えました。

伴野さん:天然で長く寝かせたものは、温度をかけて短期間で仕上げたものより、うま味に差が出ます。ただ、最後は好み。コク深い味噌やあっさりとした味噌など食べる方の好みの違いだと感じています。

イチビキでは、天然醸造の木桶と、温度を調整して仕上げるタンクを使い分けています。どちらか一方だけを正解にするのではなく、熟成期間や味噌の特長を見ながら組み合わせる。それが、今の食卓へ味を届け続けるための工夫です。

変化してきたのは設備だけではありません。調理みそ、塩糀、豆板醤など、発酵の知恵を生かす商品の幅も広がってきました。一方で、良い原料を選び、原料の処理と発酵に向き合うという味づくりの根幹は変わりません。

時代に合わせ多様化してきた商品を説明する岩田さん

大豆の香りのする町で ── 続けることが、残すこと

第1工場があるのは、旧東海道の宿場町として歩んできた御油宿。街道沿いの町並みに工場の建物が連なり、日々の製造が地域の暮らしのすぐそばにあります。

工場の周囲に漂う大豆を蒸す香りも、この町の日常の一部です。

第1工場でつくる豆味噌と米味噌の割合は、およそ6対4。東海の食卓と深く結びつく豆味噌が多くを占めます。

近くの小学校では毎年、味噌づくりを体験し、仕込んだ味噌を味噌汁で味わいます。かつて体験した人が大人になって工場を訪れ、「小学生のときにここで作りました」と話すこともあるそうです。

旅人や品物が行き交った宿場町で、味噌づくりもまた、人から人へ受け継がれてきました。手で仕込み、香りを覚え、食べる経験が、土地の味を一人ひとりの記憶へ結びつけています。

食卓が変わり、家庭で味噌汁を飲む機会も以前と同じではありません。それでも、地域に根づいた味をつくり、「おいしい」と選ばれるものを届ける。そのためには、守るだけでなく、暮らしに合わせて変わることも必要です。

伴野さん:ほかが作っていないものを作り続けて、それを「おいしい」と言っていただける。それが一番だと思っています。

宿場町を再現した外観と、旧東海道沿いに広がるイチビキ株式会社 第1工場

まとめ ── 100年を超える木桶を次の世代へ

100年を超える木桶で、二度の夏を越す味噌をつくり続ける。その背景には、天然醸造が生む味わいだけでなく、丈三桶と製法を次の世代へ受け継ごうとする人びとの手仕事がありました。

丈三桶を受け継ぐことは、昔の姿を保存することではありません。桶の状態を見極め、機械に任せられる工程は任せながら、人の手でしかできない仕事を大切に受け継いでいく。同時に、設備や商品は暮らしに合わせて変えていく。100年を超える木桶は、今日も味噌をつくる現役の大切なパートナーです。

土地の味は、作り手の判断と、食べる人の記憶が重なって続いていきます。「おいしいの種」では、各地の現場を訪ね、受け継がれてきた知恵や営みを、未来の食卓へつないでいきます。

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